『撮影前に設定した、作中では語られない三人の背景となるエピソードです。
写真集は見る人によって様々な解釈を得ることができる芸術です。
読む読まないは、ご自由に。』
【小学校時代】
紗和、さき、雄也の三人は地元のさくら小学校の同級生。お互い性格も性別も違うが、幼い頃からの仲良し。
さきは、利発的で頭も良くクラスの中でも目立つ存在で学級委員も務めていた。父は大島支庁に勤めている。
紗和は、一日中外で男の子たちと遊びまわるような活発な子で日に焼けた顔が印象的な女の子。地元の少年野球チームに入って雄也と一緒にボールを追いかけていた。家業は、岡本港近くの民宿と食堂を営んでいる。
雄也は、運動神経がよく地元の少年野球チームのエース的存在。野球が好きで好きでたまらないといった野球少年だった。父が岡田港の漁師をしていたので、小さな頃からお父さんの手伝いもしていた。紗和とは、野球チームが一緒で、いつも一緒にボールを追いかけていた。
【中学校時代】
三人は、地元の第二中学校へと進学。
さきは、中学生となってからは、すっかり女性らしさが出てきて、成績も優秀であったため男子の人気が高かった。責任感も強く相変わらず学級委員や生徒会の仕事も積極的にこなしていた。
紗和は、中学に進学するとそれまで続けていた野球をやめてバスケットボール部に入り、もともと資質のあった運動神経を生かし、都の大会でもレギュラーで活躍する存在となる。部活以外は家業の民宿と食堂を手伝う日々。
雄也は、中学に進学後も野球部のエースとして活躍。首都圏の有力高校から進学の誘いも来ていた。 実家は漁業を営んでいたとはいえ、本土の私立高校に通わせるだけの経済力はなかった。雄也はこの頃から 、野球推薦を得て進学する事を意識し始めていた。
三人はこの頃も仲が良く、学校や休日でも一緒に過ごす時間は多かった。
島内は、中学生の子にとっては刺激の少ない場所ではあったが、夏には秋の浜で泳いだり、自転車で元町に行っては観光客向けのカフェなどでお茶をしたりと、それなりに楽しんではいた。
小学校の遠足で行った裏砂漠は、三人のお気に入りの場所であったが、自転車しか移動手段のない中学生にとっては、簡単に行ける場所ではなかった。でも時々、雄也のおじいちゃんに軽トラックでワイワイ鮨詰めになりながら乗せて行ってもらうことがあり、そんな時三人は子供のころのように思いっきり裏砂漠を走り回ったりしていた。
中学時代も終わりに近づく頃、三人はそれぞれの進路に向けて微妙に距離感が出てくる。
さきは、学業が優秀であったので、本土に転勤していた父の勧めもあり、首都圏の私立女学校への進学を考えていた。
雄也は、いよいよ野球推薦の話も現実となり、神奈川の強豪校へ進むことが決まりつつあった。
ただ紗和だけは、自分はこのまま地元の高校に進むのだろうという漠然とした思いと、さきや雄也とは卒業を機に離れ離れになってしまうんだという寂しさを感じるのみであった。
中学卒業の春。
三人は、それぞれの進路に向かってバラバラに歩み始める。
【現在】
さきは、都内の大学を卒業後、父の勧めもあり都の職員として都庁に就職。若手職員として日々単調な仕事に忙殺されている。退屈な日常に抗うかのように、学生時代に小遣い稼ぎのつもりでバイトをしていた銀座のクラブ勤めを今でもやめられずにいる。
週に数日だけのホステス業ではあったが、公務員給与の数倍の収入を得ていて、いつしか贅沢な暮らしに埋没していってしまう。昼の顔と夜の顔を行き来し、擦り減っていくさきの頭によぎるのは、かつて三人で走り回った裏砂漠の楽しかった光景であった。
紗和は、地元の高校を卒業後は、そのまま家業を継ぎ民宿や食堂の切り盛りをして暮らしていた。島での生活を愛している紗和は、変わることのない日常に特に不満は感じてはいなかった。だが、ふと海の向こうを望む時、さきや雄也のことを思い出し、なぜか取り残された子供のように言いようのない寂しさと焦燥に襲われるのであった。
雄也は、高校、大学と望み通り野球に打ち込む学生生活を送ったが、プロに進むことはかなわず、横浜の会社に就職し営業の日々を送っていた。野球を離れてからの生活は、最初こそ目新しさと忙しさに忙殺され何かを感じることなく過ぎ去っていったが、今ではこれが自分の進むべき道だったのかを思い悩むことが多くなった。
そんなある日、実家の母から連絡があり、父の事故を知らされる。幸い命に別条はないが、怪我の影響で一人で漁師の仕事を続けるのは難しい状況となってしまった。
雄也は、母に乞われるまま久しぶりに島へと帰る。仕事は会社に事情を話して長期休暇をもらった。大島行きの船が出る竹芝桟橋へと向かう雄也。このまま島に帰ったら再び東京本土に戻ることがあるのだろうか。雄也は漠然とした不安を抱えながら、船のターミナルへと入って行った。